1992年福山市内ではほとんど初めての腹腔鏡手術が当院でスタートしました。今では随分普及しましたが、当時日本ではこの手術では草分け的な存在であった東京の慶応義塾大学付属病院の大上正裕医師を招き、直接の指導の下で腹腔鏡下胆嚢摘出術を始めました。以後症例を重ね現在に至るまで無事故で良好な成績を上げてきています。また自然気胸の根治手術や大腸や直腸の切除術にも適応を拡大し、進歩を続けています。
それでは、当院の腹腔鏡下手術の原点ともなり、最も主要な位置をしめている胆嚢摘出術について述べたいと思います。
(1)胆嚢とはいかなる臓器で、胆石症と胆嚢ポリープとはどんな病気なのでしょうか?
胆嚢は肝臓の下に張り付くようにしてぶら下がっている袋状の臓器で、肝臓で作られる胆汁を蓄えるところです。胆汁には特に脂肪分の消化を助ける重要な働きがあり、胆嚢は必要に応じて収縮してこの胆汁を総胆管を通して十二指腸へ送り出し食物の消化を助けます。
『胆石症』は何等かの理由で胆嚢の中で胆汁から石を作ってしまう病気です。石には色々な種類があり、数も様々です。また胆嚢内だけでなく、胆汁の流れ道(総胆管)にも結石を認める場合があります。
胆石のある方でも無症状で経過することがありますが、多くの方が症状を有します。典型的な症状は吐き気や上腹部の痛みで、食事を食べ過ぎた後や油物を食べた後によく起こります。症状がひどいときには激痛となり発熱や黄疸を認めることもあります。胆嚢炎が悪化すると、腹膜炎や重篤な膵炎を併発することがあります。
『胆嚢ポリープ』は、超音波検査の普及で数多く発見されるようになりました。ほとんどの胆嚢ポリープはコレステロール・ポリープなどの良性ポリープで、これらのほとんどは治療の必要がありません。しかしながら希ではありますが悪性のポリープ(胆嚢癌)のことがあります。とくに直径が10mmを越えるポリープやフォロー・アップ中に大きさを増したポリープは危険と考え、胆嚢切除が望ましいと考えられています。残念ながら超音波検査やCTスキャンを用いても良性・悪性の鑑別は難しく、胆嚢を切除して顕微鏡で調べるのが一番確実で安全な方法です。
(2)胆石症に対する結石溶解剤と体外衝撃波療法と手術療法とは?
『結石溶解療法』は侵襲は一番小さいものの、薬で溶ける可能性のある結石がかなり限られる上に、溶けそうだと考えられた結石でもその効果が不確実であるという欠点があります。また、運良く結石が溶解できた場合でも、再発を防ぐために溶解剤を継続して長期間飲み続けなければなりません。
『体外襲撃波』による方法はもっと積極的な結石の除去を目指して華々しく登場したのですが、やはり適応になる結石の種類がかなり限られており、その成功率も当初期待されたほどでなく、おまけに高額で、その上結石の再発率も低くないようです。もはや過去の治療法と言って良いでしょう。
『手術療法』は、病気の胆嚢を結石と共に切除することで確実に一回の治療で根治できる方法です。日本では毎年約20万人の胆石症の患者さんが胆嚢摘出術を受けています。
(3)胆嚢は切除しても大丈夫なのでしょうか?
胆嚢の働きは胆汁の貯蔵にあります。胆汁は特に油物の消化に欠かせないものですが、これは肝臓で作られており胆嚢は単なるその貯蔵庫です。勿論、胆嚢も一つの臓器ですから取らずにすむのであればそれにこしたことはありませんが、これがなくなっても胆汁は肝臓で作られていますので胆汁の分泌に大きな問題はありません。貯蔵庫がなくなって産地直送になるとお考えください。ただ油物を食べ過ぎた時などに胆汁の分泌が追い付かなくて、少し下痢をすることはあります。しかし胆嚢摘出術の対象になる胆嚢はすでにほとんど機能しなくなっているのが普通です。
手術に全く危険性がないわけではありませんが、胆嚢を取ることの損失や危険性よりも病気の胆嚢を残すことの危険性の方がはるかに大きいことをご理解ください。
(4)内視鏡で行う手術とは?
近年の内視鏡の進歩は目を見張るものがあり、特に先端にCCDカメラの付いた高性能の内視鏡の開発のおかげで、これまで開腹して行っていた胆嚢切除手術を開腹せずに行うことができるようになりました。この方法は、臍に開けた小さな穴からおなかの中に内視鏡(腹腔鏡)を入れ、おなかの中をテレビ・モニターで見ながら手術を行います。手術は全身麻酔で行い、上腹部に挿入した何本かの細いチューブを通して特殊な器具を入れて普通の手術と同様に安全に胆嚢を摘出します。切除した胆嚢は内視鏡とともに臍の小さな傷より取り出します。勿論、手術に絶対ということは有り得ませんので、手術前の検査でこの方法が可能と診断された場合でも著しい胆嚢の癒着や出血などで内視鏡での手術が不可能となり開腹による普通の手術に切り替わる可能性が当院でも1割くらいあります。このことは手術前に十分にご了承願います。
(5)内視鏡で行う手術の利点は?
- まず何よりも、手術による傷が極めて小さいため術後の痛みが開腹術と比べて格段に少なく、翌日からどんどん歩けます。
- 手術後の腸の運動の回復が早いため、普通手術翌日の午後から食事がとれます。
- 術後5日前後で退院でき、職場などへの復帰も開腹手術と比べはるかに早く可能です。
- 腸管の癒着が起きにくく、将来腸閉塞を来たす事が少ない。
- 傷が非常に小さいため、特に女性では美容上の利点もあります。
逆に欠点は
- 手術時間が長くなる。
- 技術的に難しい。
- 費用が高くなる。
といったことです。
(6)どのような胆石症・胆嚢ポリープに適応になるのでしょうか?
このように述べていきますと、いいことづくめのようですが、この方法にも適応(この方法でできるかどうか)があります。
胆嚢ポリープの方は胆嚢に炎症がないため、ほとんどの方でこの方法が可能です。
しかしながら、胆石症ではすべての方にこの方法が適応になるわけではありません。この適応を決めるために、当院では胆嚢造影検査(DIC検査)、超音波検査、経口バリウム胃十二指腸X線透視検査を行っています。その結果、胆嚢の炎症が極めて強い方は適応になりません。
これまでに臍より上に開腹手術(胃潰瘍など)を受けたことのある方は癒着のためにこの手術は難しいのです。またこの手術は全身麻酔で行いますので、心臓、肺、肝臓、腎臓の検査も行っていますが、検査の結果全身麻酔に耐えられるということも条件になります。大雑把に言って、手術をしなくてはならない胆石症の約8割の方はこの方法で手術できると考えています。
(7)術前・術後の経過
- 入院前よりなるべく臍の中をなるべくきれいにして戴きたいのです。できればオリーブ・オイルと綿棒を買い、風呂あがりなどに臍のそうじをお願いします。
- 術前の検査(胆嚢造影・胃バリウム透視・血液検査など)を外来ですませておいた場合、手術前日の入院で結構です。
- 手術が順調に行けば手術の翌日から食事が始まり、3~4日でシャワーも浴びられるようになり、手術後7日前後(多少無理すれば4日目でも可能)で退院できます。これまで手術を受けられた多くの方は、手術後10日位で職場に復帰されています。しかしながら内視鏡での手術を予定していても手術時の判断で開腹手術に切り替わる可能性があり、その場合は3週間前後の入院期間となりますからその点を十分ご承知おき下さい。
8)術前にすることは?
これまでの症状などをお聞きした上で、採血を行います。また胆嚢の造影や超音波検査、胃バリウムX線透視などを必要に応じて予定致します。それらの結果がでましたら、内視鏡での手術ができるかどうかも含めて治療法についてのご相談を致します。