2022/01/16 更新   排便講座(連載)のトピックス

 私(Dr.POO)は大腸と肛門外科を専門として以来、約25年間排便と向き合い(肛門とは直接?向き合い)、常に便にまみれてきました(時には便に朽ち果てそうにもなりました)。外来は「おしり外来」「うんち外来」と称され、行き場のない患者さんは増加するばかりであり、巷では「腸活」「便活」「腸内フローラ」「腸内環境」等の言葉が氾濫するようになり、新しい下剤の新薬も次々と認可されるようになりました。これまで患者は便秘になれば下剤を飲めばよい、下剤は薬局や通販(広告)で購入すればよい、医者に診てもらっても下剤か浣腸しかしてもらえないといった社会通念があり、医療者は便秘なら下剤等でとにかく便さえ出しておけばよい、漏れたらオムツで受ければよいといった短絡的な医療意識しかなく、両者が相互に向き合わない時代が続いて来ました。しかし、最近排便障害(便秘)が健康障害をきたしQOLを低下させるだけでなく生命予後にまで影響していること、種々の疾患と関係していること、病態によって治療法が異なることが言われるようになり一躍脚光を浴びるようになってきました。排便は子供から高齢者まで、元気な方から寝たきりまで、医師から介護者まですべての方が直面する病態であり、便秘を中心に排便を“0から”考えていきたいとの思いから連載する運びとなりました。

 排便障害の代表でもある便秘症ですが、いったい便秘症の頻度はどのくらいでしょうか?これを考えるためには何をもって便秘症と定義するかによって変わることはいうまでもありません。現在まで医学教育で便秘症を教えることはなく(教える人材もありませんでした)、医師も便秘をただの便詰まり程度で病気とは考えておらず、医療者も一般人も便秘に関する意識は同レベルでしかなかったようです。我が国の国民生活基礎調査(H25年)では便秘の有病率は男性2.6%、女性4.9%ですが、民間の調査では全体で30%前後で、女性は約50%前後といわれています。これ程乖離した原因としては①便秘を便秘としてとらえていない ②医学的に明確な基準がない ③恥ずかしくて便秘を隠しているなどが考えられます。世間では3日間便が出なかったら便秘という「3日神話」がありますが、何日便が出なかったら便秘という医学的定義はありません。敢えて言えば日本内科学会は「3日以上排便がない状態、または毎日排便があっても残便感がある状態」と定義しており、たしかに3日以上という文言が入っていますが、医学的な根拠は示されておらず、「3日神話」を招いた要因の一つともいえます。日本消化器病学会は「排便が数日に1回に減少し、排便感覚が不規則で便の水分含有量が減少している状態(硬便)を指すが、明確な定義はない」と排便間隔だけでなく、便の性状についてもコメントしています。日本大腸肛門病学会は「若い人からご高齢の人まで、どの年齢層でもみられる排便の悩みの一つ。一般に男性より女性に多く、年齢的には60歳以上で便秘が増える傾向にある」と一般論のようなコメントのみです。オピオイドの有害事象である便秘は重篤なものもあるため、日本緩和医療学会では「腸管内容物が遅延・停滞し、排便に困難を伴う状態を指す」と定義しています。しかし、実際は「便が硬くて出ない」「お腹が張る」「残便感がある」「すっきりしない」「回数が少ない」「排便に時間がかかる」など様々な症状の集合体であり、これらを統合した診断基準を作成すべく、2017年日本消化器病学会関連研究会 慢性便秘の診断・治療研究会により『慢性便秘症診療ガイドライン2017』(南江堂)が刊行されました。その中で便秘症は「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態」という状態名として定義され、従来より国際的な機能性便秘の診断基準として汎用されていたローマⅢ基準が2016年5月にローマⅣ基準として改訂され、同基準が翻訳改変されてガイドラインの診断基準として採用されました(表1)。内容を読むだけでも複雑で頭が痛くなりそうですが、程度の差はあれ4つの状態を合わせもったもの(図1)と考えればわかりやすいと思います。ガイドラインにも述べられていますが、この診断基準を参考にして実臨床を行ううえで押さえておくべき主な点は3つあります。まず第1は、単に排便回数が少ないだけで一律に便秘症とは診断されず、排便困難感や残便感といった他の便秘症状を必要としている点です。排便が3日に1回でも出るときはすっきりし、本人が辛いと感じていなければ便秘と考える必要はありません。第2は、排便回数が十分にあっても「お腹が張る」「残便感がある」「ガスが出ない」「下剤服用しないと便が出ない」などの症状があれば便秘症としての検査や治療が必要となります。第3は、日常診療では、診断基準を必ずしも満たす必要はなく、上記便秘状態で日常生活に支障が出ていれば便秘症として治療することが望ましいと明記されています。便秘症について自分自身にも置き換えて、そして患者さんにも便の回数だけでなくどのようなことに困っているかゆっくり聞き取り便秘症かどうか考えてみてはどうでしょうか?