我が国においては、かの有名なシーボルトが1823年に十八道薬剤のなかの強下剤としてセンナと酸化マグネシウムを日本に持ち込んで以来、下剤といえばセンナを代表とする刺激性下剤(ほかにアロエ、大黄など)と酸化マグネシウムの2種類のみが使用され、約200年間ほぼ同じ治療をしてきました。そのような中で、下剤で便を出さないと不安で仕方がない「下剤ノイローゼ」「便秘ノイローゼ」、便が出ないとついつい多量の下剤を服用してしまう「下剤中毒」、便が出ないと手当たり次第に下剤を服用してしまう「下剤難民」を生んできました。諸外国では刺激性下剤の服用は基本的に推奨されていないにも関わらず、日本でこれだけ常用されるようになったのはなぜでしょうか?一つには日本の医療者(医者)が便秘を「病気」として認識せず、便を出しさえすればよいという対応しかしてこなかったことにあります。刺激性下剤は服用しやすく、数時間で確実に効果があるため、まず初めに処方してしまうためです。二つ目の理由としては日本では刺激性下剤がOTC(over the counter)医薬品(一般に市販薬)として医師の処方箋なしで薬を買うことができる制度が普及してきたことにあります。服用基準を順守すれば安全な薬ではありますが、お薬手帳に記載されることもなく、医師の管理のもとに服用するわけではないため自己判断でいくらでも服用することができてしまいます。刺激性下剤は大腸神経叢を刺激して大腸蠕動運動を起こし、かつ水分や電解質の吸収も抑制することにより最初のうちは良く効きますが、長期間の連用により常習化し(習慣性)、大腸の自立蠕動能が低下していくため徐々に効かなくなり(耐性化)服用量が増加し(依存性)、大腸粘膜は黒色化し(大腸メラノーシス)、張りのない紙風船のようなペラペラの大腸になってしまいます。私が今までで最も多量に服用していた患者さんは1日100錠でした。麻痺性腸閉塞、腸管穿孔により大腸広範切除や人工肛門造設を予後なく施行した症例もあります。長期間の刺激性下剤服用ではまず快便はなく、ほぼ全員が便意促拍(トイレに駆け込むタイプ)で便の性状は下痢便(水様便)であり、バナナ状の有形便が出ることはありません。下記に各刺激性下剤の特徴についてまとめましたが、最も習慣性が強いアントラキノン系はセンナ、大黄、アロエなどに含まれるもので、剤型は様々であり、錠剤、漢方、お茶などに含まれますが基本的に同一成分であり、作用物質は同じものといえます。またビザコジルと一般にいわれているジフェニルメタン系は医療用医薬品として用いられるのは座薬のみであり、便が肛門付近まで降りてきているときに特に効果的ですが、迷走神経反射や直腸炎の副作用に注意する必要があります。市販薬(OTC)として服用する場合は常用量を厳守する必要があります。以上のことからも刺激性下剤は可能な限り連用は避けるべきであり、少なくとも排便があった日は服用しないようにするべきと思われます。中には刺激性下剤を服用しない限りは便が出ない事例もあり、その場合は新規下剤(上皮機能変容薬)を併用しつつ長期(半年から1年かけて)にわたって徐々に刺激性下剤を減量していく必要があります。
表1 各刺激性下剤の種類と特徴
下記に市販薬の人気ベスト10を一覧表にしてみましたが、一般に7割は刺激性下剤が使用されているといわれており、残りの3割は酸化マグネシウムを主成分とする浸透圧性下剤が服用されています。このマグネシウム製剤はいくら服用しても腹痛は起こらず、ただ便を軟らかくするだけで、常用しているうちに量を増やさないと効かなくなるようなことはありません。マグネシウムのほとんどは便と共に排出されますが、わずかに吸収されたマグネシウムイオンは腎機能障害のある患者さんでは高マグネシウム血症を起こし、反射低下、低血圧、呼吸抑制などを起こすことがあるため、多量の酸化マグネシウム服用例、腎機能低下例では特に注意して定期的な血中Mg値を測定することが勧められています。また酸化マグネシウムは胃酸や膵液で活性化するいわばプロドラッグであり、プロトンポンプ阻害薬やH2ブロッカー服用例や胃の手術歴がある事例では胃酸が低下しているため酸化マグネシウムの効果が減弱し増量しないと効果がなくなることを理解しておく必要があります。妊娠、授乳、小児でも安全に使用することもできます。