2022/01/16 更新   排便講座(連載)のトピックス

 私たちは大腸というと「便を通すところ」「水分を吸収するところ」という認識はありますが、腸内細菌を宿し共生することにより「健康の要」「免疫の司令塔」の役割を担っているところという認識はほとんどありません。私自身も医学部の講義で大腸は水分を吸収する臓器であり、その中に種々雑多な細菌が棲みついていると教わりました。しかし、実際は人間からすると大腸に細菌の住処(すみか)をあたえることにより、細菌からすると人間の腸に棲みつくことによりそれぞれの個体だけではできない生物活動を行い、互いに生きのびていくための生理物質を作り出しているのです。

 家の柱を食べて家をボロボロにしてしまう「シロアリ」は、自身の腸内細菌が木を発酵することにより木を消化しているわけであり、シロアリ最大の特徴はシロアリが持っている腸内細菌の特技なわけです。深海にすむエビなどは、深海にはエサが少ないため、わずかな栄養を生命を維持するエネルギーに変換しており、これもエビの腸内に持っている細菌の活動によるものといわれており、将来的な生命維持活動の研究へとすすめられています。 

連載7でも述べたように腸内細菌のバランスが崩れることから現代病といわれる多くの病気が生じてきています。ではどうしてそれ程まで多くの現代病と腸内細菌が関わっているのかぴんと来ないことと思いますので、まずは腸内細菌のもつ様々な生理的役割から考えていきたいと思います。(図1)

  • エネルギー産生

食物が腸内細菌によって発酵されると、酢酸、酪酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸が作られます。(バクテロイデスなどの菌が代表的です)この短鎖脂肪酸は全身のエネルギー源、腸管が蠕動したり粘膜が再生されるエネルギー源として利用されます。脂肪細胞は短鎖脂肪酸を感知して脂肪の取り込みを抑制し、交感神経も短鎖脂肪酸を感知して全身の代謝を活性化します。またプロピオン酸は脳に作用して食欲を抑制する作用があります。これらの短鎖脂肪酸を作る腸内細菌チームが優勢であれば肥満にはならないといえます。いくらダイエットをしても腸内細菌のバランスを整えない限り元の木阿弥に戻るのは腸内細菌のしわざです。

  • 蠕動運動、消化吸収。

腸内細菌は腸管蠕動運動を亢進させ、消化吸収を促進させます。また腸内細菌は粘液産生を亢進させ、障害を受けた腸管上皮細胞の治癒を促進し、腸管透過性を正常化させます。食中毒になっても病原性を認識し、すばやく下痢を起こし、粘膜を再生させてもとに戻すのは腸内細菌のおかげです。

  • 物質代謝の調節

胆汁酸代謝、コレステロール代謝、ステロイド代謝、尿素・アンモニア代謝などで宿主の代謝と密接に関連しています。また、薬剤の活性化(センノシド、サラゾピリンなど)や不活化(抗がん剤、向精神薬など)を行っており、薬剤の効果と副作用の違いとして現れてきます。

  • 感染防御作用

腸内細菌は外から入ってくる病原細菌に対して栄養物の摂取や腸管上皮細胞への付着に対して競合することにより抑制します。また腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸は病原細菌の増殖を抑制します。つまり病原菌が入り込まないようにまずは腸内細菌が見張ってくれているのです。

  • 免疫賦活化

腸内細菌によりIgA産生亢進、貪食細胞活性化、自然免疫活性化などが明らかにされています。これらの機能に異常が生じるとアトピー性皮膚炎、気管支喘息、炎症性腸疾患、自己免疫性疾患を生じてくるわけです。現在世界中で猛威を振るっている新型コロナ感染に関しても重症化する確率と腸内細菌(特に酪酸菌の割合)との関係についての論文が出始めています。

  • 発癌への関与

腸内細菌はシアン化合物などの癌原性物質を産生したり、発癌に関する酵素を低下させる作用も持っています。大腸がん患者の腸内細菌にはフソバクテリウムの含まれる割合が多いという研究が知られています。

図1 腸内細菌の働き

 これらの多くの働きを知ると、連載9でなぜ腸内細菌が「21世紀の新臓器」といわれているかご理解いただけたのではないでしょうか?私たちは生まれながらにある程度の腸内細菌は決まっていますが、日々の生活や食事によりどのような腸内細菌を棲みつかせるかを選んでいるともいえます。そして何よりも健康や病気や寿命と大きく深く関わっています。(図2)自身の腸内環境を整えるため、普段の食生活から改善してみようと思われた方が少しでも増えたら幸いです。

図2 腸内環境の好循環サイクル