現代社会はおいしい食物にあふれ、便利な器具に囲まれ、医療環境や交通手段にも恵まれており病気も減ってきているのかと思いきや、この40年くらいで逆に増加してきた病気(いわゆる現代病)があります。代謝系では肥満、糖尿病、メタボリック症候群、腎不全など、免疫系では炎症性腸疾患、過敏性大腸症候群、花粉症、喘息、未熟児など、炎症及び悪性疾患では便秘症、大腸癌、乳癌、肝硬変(NASH)など、神経系では自閉症、認知症、パーキンソン病、多発性硬化症などがあります。これらの疾患は近年の腸内細菌の研究により腸内細菌叢の変容(dysbiosisといいます)と深く関係していることが数々の論文で紹介されてきています(図1)。「dysbiosis」とは菌叢の構成、多様性(菌種数)、総数などの変容を意味します。詳細は今後の連載でも紹介する予定です。
一方で私たちの腸内細菌に影響する要因を考えてみると、大きく分けて二つあり、変化することはあり得ない内的要因(年齢、性、妊娠などの生理状態、遺伝的因子、病気)と、常に変化し得る外的要因があります。外的要因がこの40年で様変わりしたことが現代病につながっているのです。病気と思えばすぐに薬を服用し自然治癒力を低下させ、細菌と思えば悪者扱い(すべてが病原性ではありません)して数多くの抗生剤を使用してきました。そのため抗生剤が効かない新たな細菌やウイルスが発生増殖してきました(新型コロナウイルスもその一つといえます)。町からは汲み取り式トイレはなくなり、バキュームカーは見なくなりました。道端で犬のうんこを踏むこともなくなり、田んぼや畑に肥溜めもなくなりました。身の回りには抗菌グッズや消毒剤があふれ、いつの間にか過衛生な日常になっています。医学の進歩もさることながら帝王切開は増加し、母乳育児は減り、母親の産道や乳頭から細菌を受け継ぐことは減りました。パソコンや機械と向き合い意思疎通もできずストレスも増加し、携帯電話などの電磁波にも常にさらされています。生活習慣では運動不足や睡眠不足により悪循環は増すばかりです。食事は贅沢な高脂肪、低繊維食ばかりを食し、赤ちゃんも人工乳が多くなりました。つまり私たちは「近代的な」とか「欧米の」とか「最新の」などという言葉に動かされつつ「きれいな社会」「便利な社会」を求めてきた結果上記のような外的因子に変化が生じ、ひいては腸内環境が変わることにより現代病が増加してきたのです(図2)。
現代社会はこのような「便利な社会」ではありますが、同時に「きれいな社会」を求めるあまりに汚いものを排除し便からも遠ざかってしまった『不便』な社会ともいえます。昔々理科の授業で食物連鎖を習ったことを憶えているでしょうか?これはまさしく『便』が繋いでいるサイクルであり、死骸が次に生かされる「いのちのサイクル」です。人間が動物や植物を食べ、植物の作った酸素(植物の排便)を吸い、人間や動物の排便を微生物が有機物から無機物に分解し土壌に還り、土壌が肥えて植物が育ち、無機物から有機物を作り出し、それを動物が食べることで自然のサイクルが生まれているわけです(図3)。しかし現代社会では、『便』は水洗で流して終わり、表舞台から地下へと隠されてしまいます。豊かな土壌をつくり、きれいな花が咲き、虫たちが飛び交う自然がなくなり、そのサイクルを自ら壊しつつあるのです。『便』は排出するまでは自分の体の一部であり、良い『便』を出すことは健康であることを意味します。現代病を克服するためには、『不便』な社会を見直し、私たちの気持ちの中に『便』を取り戻す必要があります。『便』と向き合い、『便』とのつき合い方次第で将来の生活や寿命が変わっていくことを再認識していただきたいと思います。