連日新型コロナ感染の感染者数や死亡者数が報道され、過酷な現実と向き合わなければいけない毎日が続いています。このウイルス感染に対する特効薬やワクチンがない以上、このウイルスと対峙するためには免疫力に頼るしかありません。新型コロナウイルスに感染しても、無症状で経過し自身の免疫力で排除できるか、はたまた重症化し生死の間をさまようか、なかなか陰性化せずに遷延するか、陰性化した後も後遺症に悩まされるか・・・・これらは自らの体に備わっている免疫力がいかに働いてくれるかにかかっています。では免疫力を上げるためにはどうすればよいでしょうか?免疫力を簡単に上げることはできませんが、今回強調したいことは、正常な免疫力は主に腸から生まれており、免疫細胞の70%は腸に集中しています。腸管粘膜は家でいえば家塀のようなもので、外から細菌やウイルスが侵入してくれば、これらの免疫細胞が異物として認識し排除してくれます。また今回の新型コロナウイルス肺炎のように体内で炎症が起これば、局所の免疫担当細胞であるT細胞やNK細胞が働き、さらに不十分であれば体内で情報交換がなされ(サイトカインなど)腸管免疫細胞が一体となって動員されウイルスの排除や拒絶の役割を担います。この免疫システムがうまく働くか、その能力を発揮できるかどうかは腸内環境次第です。小腸は免疫細胞(リンパ球)の50%が集中しており、そのリンパ球に指令を出すパイエル版も小腸の絨毛に密集しています。小腸は「免疫の司令塔」とも呼ばれ、小腸を大量切除すれば免疫力が低下し感染症にて亡くなることが多いのはそのためです。大腸は免疫細胞の約20%が集中しています。小腸に比べると免疫細胞の数では少ないものの、大腸ではさらに大量に存在する腸内細菌が免疫機能に大きく関与しています。腸内細菌が菌体成分や代謝産物を介して腸管の免疫細胞に働きかけているのです。たとえばビフィズス菌が少ないと免疫機能が低下します。(ビフィズス菌を増やして健康にという宣伝が広くいわれています)(図1)
巷では日本ではなぜ諸外国と比べてコロナ感染に伴う重症化率が低いのか?処罰や罰則規定もせずにある程度感染を鎮静化することができたのか?疑問視されています。・・・これらは人種や遺伝子の違い、国民性(ルールを守る)、医療制度など諸説あります。私見ではありますが、日本人は和食に代表されるように穀類、芋根菜、海藻類、豆類などの食物繊維を多く摂取し、味噌、醤油、漬物などの発酵食品を多く摂ることによりいわゆる腸管免疫が諸外国に比べて強靭であること(近年肉食やジャンク食中心になり炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、大腸憩室症などの腸が弱い疾患が増加傾向にありますが・・・)が主たる要因と思われます。
これまで腸内環境と免疫と密接に関係していることを述べてきましたが、腸内環境についてその状態をどうやって知ればよいでしょうか?これは大腸内視鏡検査をしてもわかりません。実は私たちの身体から排泄される便には腸管の情報が詰まっています。言い換えれば便は最終的な腸管機能の集大成(消化吸収の総合点)のようなものであり、健康状態の指標でもあります。理想の便が出ることは理想の腸内環境が保たれていることに相当します。具体的な理想の便は①毎日いきまずにストーンと出る②色は黄色から褐色③重さは200から300g③分量はバナナ2~3本分④匂いは多少臭いけれどきつくない⑤硬さは少し腐りかけたバナナくらい⑥水分は80% 水面に少し浮きほぐれてそのうち沈む このような便が毎日出れば腸内環境は良好といえます。しかし、毎日理想的な便が出るとは限りませんし、細かに観察もできません。そこで大まかではありますが便の状態を評価する基準として最近広く医療現場で使用されてきている基準として「ブリストルスケール」と呼ばれるものがあります。イギリスのブリストル大学、ヒートン教授により1997年に提唱されたものです。ヒートン教授はイギリスBBC放送の視聴者が気分を害することを考慮し、便の描写や表現には慎重を記したとの逸話が残っています。特にタイプ4の「表面が滑らかでソーセージや蛇のとぐろに似た」という表現やタイプ3の「ソーセージ形であるが、ひび割れがあるもの」などの表現はわかりやすく受け入れやすい印象を受けます。(図2)
自身の便を観察するほど身近で手軽な健康管理法はありません。最も簡単な評価法は先のブリストルスケールのタイプ4を目指すことです。なぜなら上記①から⑥はタイプ4の時の便だからです。便を出しても姿かたちを確認せず、汚いものと決めつけてさっさと水に流していませんか?自身の腸内環境は自身で評価し、理想的な便(ブリストル タイプ4)がでるように毎日便を観察することから健康を管理していってはどうでしょうか。いそだ病院と福山医療センターでは排便の評価にブリストルスケールを取り入れ、データを共有すべく手続きを進めています。
参考文献
S.J.Lewis and K.W.Heaton. Stool Form Scale as a Useful Guide to Intestinal Transit Time. Scandinavian Journal of Gastroenterology. 32(9), 920-924, 1997
現代社会はこのような「便利な社会」ではありますが、同時に「きれいな社会」を求めるあまりに汚いものを排除し便からも遠ざかってしまった『不便』な社会ともいえます。昔々理科の授業で食物連鎖を習ったことを憶えているでしょうか?これはまさしく『便』が繋いでいるサイクルであり、死骸が次に生かされる「いのちのサイクル」です。人間が動物や植物を食べ、植物の作った酸素(植物の排便)を吸い、人間や動物の排便を微生物が有機物から無機物に分解し土壌に還り、土壌が肥えて植物が育ち、無機物から有機物を作り出し、それを動物が食べることで自然のサイクルが生まれているわけです(図3)。しかし現代社会では、『便』は水洗で流して終わり、表舞台から地下へと隠されてしまいます。豊かな土壌をつくり、きれいな花が咲き、虫たちが飛び交う自然がなくなり、そのサイクルを自ら壊しつつあるのです。『便』は排出するまでは自分の体の一部であり、良い『便』を出すことは健康であることを意味します。現代病を克服するためには、『不便』な社会を見直し、私たちの気持ちの中に『便』を取り戻す必要があります。『便』と向き合い、『便』とのつき合い方次第で将来の生活や寿命が変わっていくことを再認識していただきたいと思います。